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一刀両断(済)

 

■事業におけるマーケティングの基本鉄則とは

【製品(Product)】より良い商材の開発 【価格(Price)】企業努力によるコストアップ
【宣伝(Promotion)】購買欲を高める 【流通(Place)】効率よく製品を市場に回転、消費をさせる

の、4か条だが、経済サイクルが成熟した現在は、マーケティングも以下のように変化したようだ。

【情熱(Passion)】
相手に強い印象を与えるのは、人の強い感情である。人は、情熱的な言葉に反応する。
人を動かすのも、その人が発する言葉の強さが伝わらなければ動かす事は難しい。
しかし、自信と裏打ちされた強度も持ち合わせなければならない。

【個人(Personal)】
情報の発信側(わたしだけが)も受信側(あなただけに対して)も、ともに個々を尊重し、
連帯意識の共有を得る事が、最も強いコミュニケーションとなる。

【許可(Permission)】
「あなたとコミュニケーションしてもいいですか?」と事前に許可を取る。
駆け引きの始まりに、礼儀を欠いては印象を悪化させ、失敗するだけである。

【約束(Promise)】
一度決めたコンセプトを守り続けること、初志貫徹こそが、確立することの基本条件である。

IT化により産業システムが画一的になり、前述のマーケティング効率は高いレベルで維持する事が
出来るようになった。システムが均質化すれば、横並びの意識から抜け出せない同業他社はさらなる
打開策を打ち出さなければならず、出来ない会社はあっという間に淘汰されていくに違いない。

これからはより、人対人との関係性が問われるマーケティングが重要になっていくだろう。

J(2006/4/27)

 

■今日は当たり前の事を書かせて欲しい

会社に有益な人材の確保は経営者にとって永遠の命題である。

会社にとって不幸な人罪とは、足の引っ張りあいをしているにも関わらず自適で無自覚な人達である。

会社にとって良き人財とは、会社に利益をもたらし、己を競争に身を置きながら日々研鑽を重ね、
ゆくゆくはリーダーとなる自覚を持った人である。

景気は上向きとマスコミは報じているが、それは全体の平均値が上がっただけに過ぎず、
経済格差の広がりは予想以上に加速しているといえよう。
数年前までまさかそんなことにはならないだろうと楽観視していた世間の空気は
恐ろしい勢いで変容し、現在にまで至る。
昨日得た知識は今日にはゴミ同然になり、取り残された人たちの閑職すらも許されない程だ。

今はとにかく会社を支える事だけを考え、利益をもたらす事だけを考えるのが得策といえる。
今起こっている問題すら解決できない人は冒険はしないほうが良いだろう。

もちろん、これはあくまで一私人の意見に過ぎない。

ただ決算の重なるこの月、幾多の零細企業を訪ね、厳しい現場を見てきた経験者の言葉として
残さずにはいられなかった。

あなたはどの“ジンザイ”だろうか?

K(2006/3/22)

 

■守銭奴のなれのはて

ビジネスホテルチェーン大手東横インの不正改造がマスコミを賑わしているが、
会社主導の極めて悪質なものだとわかった。
東横が抱える122物件のうち77件は検査終了後に不正改造を施したものだ。
客室以外の空間を検査終了後に客室として改造し、宿泊利用客の確保を徹底し、
儲けることのみを追求した。
設計施工内装まで全て自社グループで行ったため、不正改造が簡単に出来たのだろう。
加えて人件費も徹底して落としていった。9割以上を女性で固め、パート女性を積極採用、
手取り15、6万円で抑え、休憩も無しで営繕、空調整備もやらせるなど、条件は劣悪だ。

発覚後、社長は会見で
「障害者は年に何度も来ないから倉庫にした、制限速度60キロのところを67、8キロで走っただけだ」
と訳のわからない例えで開き直り、世間の逆燐に触れた。
数日後には泣きながら謝罪していたが、元来ケチで、儲けのみしか考えていない社長が、
どこまで本気で反省しているのかは未だわからない。
本社ビルも違法建築であることが発覚、だが合法に戻す事が出来ず、取り壊しが決定したという。

J(2006/3/9)

■外資参入はどこまで日本経済を蝕むのか?

 

「日本は星条旗の星のひとつになろうとしている」という警告がインパクトを失って久しい今、
アメリカ合衆国との同盟関係は、もはや盟主としての尊厳さえ、日本から剥奪しようとしている。

「年次改革要望書」の存在はあまねく周知のことであろうが、近年の“要望”は、より《内政干渉》の
色合いを強めている。

2005年6月に改正された日本国商法(→米国法ではない)会社法第824条がいい例である。

詳しくは「拒否できない日本-アメリカの日本改造が進んでいる」文春新書(関岡英之著)の記述に譲る。
(昨年出版された本書は、石原都知事推奨・・・元銀行員の著者の視点が米国プロパーの日本国行政を浮き彫りにしている。一読を薦める。)

郵政民営化も、「年次改革要望書」の“要望”の実現に過ぎなかったわけだが、国の支援(=われわれの税金)で綿々と保護されプールされてきた郵貯・簡易保険が、将来的に(確実に)米ドル買い支えの資金に化けると思えば・・・
なんとも悲しいことである。

クリントン−宮澤政権下で交わされるようになった「年次改革要望書」は、今や施政方針演説よりも日本国施政に影響を与え、米国の負の部分が直接的に移管される印象すら与える。つまり、危険な牛肉消費の捌け口にされるように、米国の腫瘍がそのまま日本経済に移植されるのである。

ところで、現在、米国は建築ラッシュである。国土の広大さに加えて、低所得者もローンが組める融資制度が万全なのは結構なことだが、住宅産業界全体ではバブルと言っていいインフレ指標を示している。(もう日本人も十分思い知っているはずだが)バブルには必ず終焉が訪れる。行き場を失った際の収支の穴埋めは、いったいどこに行くのだろう?

“要望”の中に、わが国の建築産業分野に対するものが含まれて来る日が、そう遠くなくやってくる・・・そんな専門家の見識に疑いを差し挟む余地は、少なくとも、今の国会議事堂のどこにも無い。

(2006.01.31)

 

 またも露呈・・・危機管理の甘い日本

  (スパイ工作に堪え得る官僚はいるのか?)

 

週刊文春・1月5/12日号(12月27日発売)に、スクープ記事として掲載され、一躍大問題となった上海領事館員自殺事件・・・ 「国を売ることはできない」という言葉で、まるで美談であるかのような錯覚を与える。

問題の領事館員は、肩書きこそ領事だが、外交秘密文書を打電・受信する電信官として上海に単身赴任していた。 上海には電信官はひとりのみで、重要機密は総領事のほかに彼のみが知っているという、非常にデリケートな立場だった。 そのようなポジションにも拘わらず、彼の上司は無防備に彼をカラオケバーに誘っている。 そこで、ホステスの劉女史と懇ろになり、中国諜報組織の付け入る結果となった。 良い先輩に恵まれたものだ。

中国では、法制上、逮捕状なしに逮捕できる権限を当局に持たせている。 日本で言えば、戦前の治安維持法と同様である。 そのような体制下での活動なのだから、領事といえども、相応の危機管理能力は最低限度の責任事項である。 中年で単身赴任だから・・・などと言って、買春で脅されるような体たらくでは、領事失格もいいところである。

まして、ゾルゲ事件以来おなじみの上海ではないか・・・ CIA、KGB、MI6、モサド等々スパイ暗躍の活動拠点であることは、小学生でも知っている。 そして、(買春を押さえられる状況でなくても) ほんの些細な情報提供から、逆にそれをネタにして恐喝を行なうのは、(ヤクザ同様)スパイの常套手段である。 もともと、善悪を踏まえない活動であり、ゆえにアンフェアなものであり、網にかかった者は網にかかった者が悪いという世界だ。

そのような、最前線で仕事を行なっているという自覚が、外務省の職員ひとりひとりにあるのかどうか・・・

故人には申し訳ないが、同情の余地はない。 敢えて言えば、無知のゆえの罪だろう。

(2006.01.05)

 

 

↓2005.12.20

 サラリーマンのマンション購入は「悪」である

  (下流社会進展に伴い、貧乏人はローンを組むな)

 

1991年の日本列島の地価総額は、我々が居住する全地表面上(その0.25%であるのにかかわらず)の60%を占めていた。 仮に、日本列島を全部売却できたとしたら、その値段は当時のアメリカ合衆国4つ分に相当した。

1980年代までの 定期預金の利率は 5〜6.5% → 住宅ローン固定金利は 8〜9%

   現在:      定期預金       0.01%  → 住宅ローン固定金利     3%

そして、年収を800万円として、30年間均等払い(ボーナス加算返済なし)を比較してみると・・・

   金利8% → 毎月返済 \220,129- / 年収負担率=33% (返済総額: 7924万円)

   金利3% → 毎月返済 \126,481- / 年収負担率=18% (返済総額: 4553万円)

これらの数字はなにを意味するのか? 昨今の耐震強度偽造事件、その政府対応とあわせて考えるべきである・・・

現在日本のマンション総戸数は466万戸(H16末)、居住者はおおよそ1200万人である。 バブル以降を過ぎてなお住宅ローンを組む傾向はなくならない。 そもそも、住宅ローンというもの自体が、高度経済成長すなわちインフレを前提に作られている。 極端に言って、1970年代に組まれた住宅ローンによる居住者は、バブル到来とともに“ローン組み換え”の恩恵に浴し、値上がり益プラス金融所得で、その後の元利をちゃらにできたのである。 そもそも、サラリーマンという安定した人生を担保に入れることで成り立っている制度であり、返済困難になれば、居住マンションをぶんどられて、しかも借金まで残る仕組みだというのは、理の当然の話。 欧米で一般的なノン・リコース・ローン(=生計が破綻したら担保として居住を放棄しさえすれば返済義務を免れる住宅ローン)を検討できる余地がないほどに、成長が“高度”すぎたのである。 

1991年の千代田区の地価は、カナダ1国の土地を買取れる金額だったし、それ以降も上昇して1区でアメリカを買取れるくらいに成長すれば問題なかった。 また、サラリーマンの終身雇用と所得上昇が同様に保証されていれば問題がなかったのである。

ここで、耐震強度偽造事件における政府対応を勘ぐらなければならない。 「居住の安定を図ることが最優先課題であり、予算措置を含めて(入居者への)対策を考えないといけない/北側国交大臣」→ バブル以降に住宅ローンを組んだサラリーマンは、はっきり言って大馬鹿者である。 ましてや、ずっと昔から『不動産に出物なし』と言われてきた。 自分のなけなしの人生を、自助努力(=十分な情報収集)なしに担保に入れたに等しい。 それだけではない。

今年5年目を迎えたゼロ金利政策・・・ これは、上記馬鹿者たちのためにあるようなものだ。 生鮮食品を除く消費者物価指数の前年比上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで量的緩和を続けるという政策は、日銀が無際限に資金供給を行なって図られる。 短期市場金利はもちろん、国債利回りもゼロに近づけることになる。 当然定期預金の金利も、0.01%を下回ることはあっても、それ以上になることはない。 そして・・・馬鹿者たちの後生大事な住宅ローン金利も3%を上回ることもなくなるわけだ。

常識的に、担保もなしにローンが組めるということに疑念を持たなければならない。 常識的に、金が無ければ、家は買えない・・・ 当たり前のことがバブルを境にして狂ってしまっている。 もはやここまで来たのだから、政府は、自助努力(=十分な情報収集)をしない貧乏人を救済すべきではない。 

ようやく株式市場等で活況を呈してきた経済が、貧乏人の自殺抑止の名目で足を引っ張られている。 社会的弱者=同時にマイホーム所有者・・・ 常識的に「ありえない」社会の歪みが、政策をも盲目にしてはならない。

 

↓2005.11.25up

 民営化が国民の安全を脅かす事例・・・

  (民間検査機関の功罪)

 

橋本龍太郎氏が総理大臣だったころ、当時の建設省住宅局長・小川忠男氏が、強力に民営化を推進したのが、建築検査機関の民営化である。 折りしも阪神淡路大震災の惨状を受けて、当時の政府は、「建築物の安全性の一層の確保と合理的利用の推進」を謳い、建築基準法の見直しを迫られていた。

それまでの役所による建築検査申請は、住宅メーカーやゼネコン各社にとって、時間がかかる上に厳格で厄介なものだった。 これを民営化できれば、大幅な時間と経費の節約になり、利益誘導として大きいものがあったのである。 

日歯連・日酒連同様、当時のゼネコン各社は小川忠男氏にさまざまな攻勢をかけた。 悲しき役人は、現金はもちろん、ゴルフセット、高級スーツをプレゼントされ、料亭で接待を受け、高級コールガールまであてがわれた。 そして、「安全性の一層の確保」とは明らかに逆行する施策が盛り込まれるに至る。

通常、民営化と言っても、検査機関である以上は、公正中立性を保つために出資部分では規制をかけるのが当たり前のことである。 ところが、小川忠男局長の提案は、この公正中立性においてはザルとしかいいようのない代物を押し通したのである。 1998年6月2日、参議院国土環境委員会に、東京大学で建築構造学や地震工学を研究している神田順教授が参考人として招致された。 東大卒業のコネを活かした、この小川忠男局長の策が功を奏し、1998年6月12日には、検査機関民営化を含む法案がスピード可決された。

東京都内では、ERI、TBC(トウキョウビルテックセンター)、イーホームズ、ビューローベリタスという民間検査機関が設立された。 ERI は ミサワ、大和、積水などの大手住宅メーカーの出資によって出来た。 TBCは 清水建設が大株主である。 当然、親会社の確認申請には非常に甘い検査を行なう。 親会社のほうも、子会社として、特に案件を持ち込む構造になる。 建設省で行なっていた構造検査が、2ヶ月かかるとすれば、民営検査機関での親会社案件なら2週間で済む。 中味はずさんなものだ。 例えば ERI には特急料金なるものが設定されていて、それを払えば1週間であがる(!)のだそうだ。 

そもそも、構造計算書を作成した建築士がうっかり見落としたり間違えたところを発見し、指摘し、訂正させ、万全の構造物建築に近づけるのが、建築検査業務の本来の姿ではないだろうか・・・

そして、今回の姉葉建築設計事務所の事件である。 検査業務の精度を上げる努力は、どうしてもスピードアップの要請のもとに疎かにされているのが実情であり、「施工主は、設計・管理と実際の工事とは別の会社に任せないととんでもないことになる」とまで言われている。 民営化の功罪として構造計算検査業務を考えれば、民営化による公益はほとんど無いと言ってよい。 

行政にできることは、建築検査業務機関に資本組成に介入して、強引にでも半官半民に戻すことである。

ちなみに、元住宅局長・小川忠男氏は、2001年以降は都市再生機構に天下りして、本部事務局長を務めている。

 

↓2005.11.21up

 政府系金融機関改革・・・

  (既得権益をいかに切り離すか)

小泉首相は、政府系金融機関の改革を、郵政民営化法案成立後の最重要課題のひとつとしている。

郵便貯金が『入口』ならば、政府系金融は『出口』という、首相の9月26日の所信表明演説のとおり、国債を介しての資金が後者に注入されているわけだ。 小泉改革の文字通り“総仕上げ”として2008年度の新体制への移行を目指し、11月中に基本方針を策定しなければならない。

ちなみに、政府系金融機関は次の9機関

1.公営企業金融公庫  2.国際協力銀行  3.日本政策投資銀行  4.農林漁業金融公庫  5.商工組合中央金庫  6.沖縄振興開発金融公庫  7.国民生活金融公庫  8.中小企業金融公庫  9.住宅金融公庫

“親かた日の丸”体質のため、非効率であることは勿論、不良債権も8兆円と公表されている(04年度末)。しかも、天下りの温床であり、既得権益にしがみついている面々が多いのは周知の事実だ。

住宅金融公庫の独立行政法人への移行(07年〜)は決定しているものの、まだ絞らなければならない。 再編構想はいくつかあった。 10月6日、小泉首相は 「1つにできるのだったら1つがいい」 と、大胆な発言を行なった。 関係省庁や自民党反対勢力の反発は必至である。 財務省の水面下での抵抗がもっとも大きい。 

経済財政諮問会議は「天下り禁止」を提言している。 現状上記機関・役員84人のうち、41人が中央官庁や自治体からの天下りであり、財務省が18人、経済産業省が9人とダントツになっている。 それらの天下りの存在が、本来融資すべき中小零細企業等への現金の還流を妨げているわけである。 

小泉首相ばかりに任せていられない。 中小零細企業も、実際の政府金融機関との交渉で、主張してゆくべきである。

 

↓2005.10.31up

 またも沖縄の受難・・・

  (テロの時代に基地の存在はますます負荷を増している)

沖縄県は、近いようで遠い。 言語的には、日本語と沖縄語の違いは、フランス語とイタリヤ語の違いに匹敵するそうだ。 民俗学的には、あらゆる南方経由の日本文化の祖形があると言っても過言ではなく、柳田國男や折口信夫のフィールドワークの舞台でもあった。 だからといって、沖縄県人も、日本国憲法で定められた日本国民のはずなのだが。

昔、一部右翼思想家が 「われわれ日本軍は、戦争に負けたとは言え、本土決戦、あるいは民間を巻き込んだ白兵戦だけはくいとめたではないか」 と、のたもうたことがあった。 ・・・おいおい、沖縄戦は本土決戦ではないのかね? 

特に、脈々と帝国軍部から連なっている武官のお歴々にとって、沖縄というと、日本の本土ではないように考えている感覚が散見され、実際、上記のような発言として下々にも達せられる。 米国の統治が本土より長かったにしろ、『思い遣り予算』は、米軍に支給されるよりも、沖縄県に支給されるべき性格のものだ。 その命名すら、沖縄県人の感情を逆撫でするには十分である。 「やまとんちゅ」は、「うちなんちゅ」に随分ひどい仕打ちをしてきた。

「やまとんちゅ」の武官は、特に自衛隊が自衛軍になろうという昨今だからこそ、沖縄文化の豊さ・・・ それを国土として保有できる喜びを再認識すべきである。 そして、テロリスムの横行する時代だからこそ、米軍基地が存在していることの負荷を、誰よりも理解すべきである。

沖縄県は「やまとんちゅ」の植民地ではない。 また、米軍の戦略拠点でもないのだから。

 

↓2005.10.20up

 株主利益プロパー? はっきり言えば  いかがわしい・・・

  (私利・私欲と公共・公益の境目)

村上世彰氏がメジャーになった。 「有名であること」が価値判断の基準である(=逆にそれ以外の価値を持ち合わせない)わが国のマスメディアは、まるでそれが「公正」であるかのように、彼のあとを追い発言を拾ってまわる。まるでそれが「報道」であるかのように、電波に乗せる。

結果として、村上氏が実業家であるような錯覚を一般大衆に植え付けてはいまいか?

「勝ち組・負け組」などの愚にもつかない概念をはじめ、目新しくキャッチーな事象は衆目を惹き、従って視聴率競争で歩を得られるというわけだろう。 それにしても・・・ なぜ、すべてのチャンネルにおいて、ここまでバラエティー化が進んでいるのか? そして、「報道」のワイドショー化も深刻だ。 

日本の電波という電波が、「バカまるだし」に見えないだろうか?

かつて「報道のTBS」と呼ばれたTBSしかり・・・ 視聴率が落ちたからと言って、バラエティー・ワイドショーのバブルに踊れば、もともといた顧客は離れ、さらに視聴率が落ちることに気付かないのだろうか? (視聴率デフレと呼ぼうか・・・)

ちなみに、株式市況はいよいよバブル前夜のような様相を呈してきた。

世の中には、やはり、実業と虚業というものが厳然としてある。 実業というのは、モノを造ったり、モノを搬送したり、モノを販売したりして、実際の価値を産み出すものだ。 対して、虚業は、カネの流通のみに付加価値性の契機を探る。 バブルという虚業の祭宴に、日本社会は懲りていないのか?

TBSに仕掛けられた敵対的M&Aは、TBSの身から出た錆である。 基本的な“もの”づくりから離れて、目先の利益に気をとられた必然的な結果である。 経営陣は、バランスシートとキャッシュフローから目を離し、現場を見つめなおすべきだった。 下請制作会社への低予算での丸投げで、質の高い“もの”づくりができるわけがない。 

そして、公共性・公益性とは掛け違ったボタンで、「バカまるだし」の電波を垂れ流しつづける。

株主利益というもっともらしい欺瞞の言葉が、その電波の裏付けを得て、当分日本社会を席捲することになるだろう。

 

↓2005.10.8up

 力強い指導者に制度の裏付けは必要ない

  (首相公選制には反対)

   なにか違うぞ・・・ という、一般大衆の嗅覚は、大抵が正しい。

   例えば郵政民営化、・・・18935局もある特定郵便局に関して、一般大衆は NO の意志表示をしたのではなかろうか。 なかでも問題視されていた、特定郵便局制度の三つの特徴をおさらいしよう。

   @ 選考任用制  A 私有局舎制 B 無転勤65歳定年制

選考任用制度とは、逓信大臣が天皇陛下の勅令により、「満年齢二十歳以上ノ者」「相當ノ資産ヲ期スル者」「相當ノ學識才幹アル者」という条件で、明治時代にこしらえられたものだ。 当然、目的とすると、地域社会の名士や資産家が局舎や土地を国に提供する(A)ことによって、郵便制度の浸透を図ったものである。

そして、特定郵便局長は、Aゆえに、欠員が出れば世襲により任命されてきた。 平成16年10月に、@の改正はあったものの、

およそ公務員にして、試験もなく、ノーチェックで任命されるのは、この特定郵便局局長くらいなものだろう。しかも、 このノーチェックの連中が、金を扱う面においても局内統括責任官という状況が、明治以来長らく続いていたのである。 平成16年10月に特定郵便局長の任用制度の改正があったものの、状況はあまり変わっていない。(世襲でやってきたものを、全面的に転換するのは、さすがにきついだろうけれど)

そしてB・・・ 無転勤である。 任命されたら、ずっとそのままである。 金融機関の常識として、3年を目処と転勤させるというのが、こと金を扱う係員の宿命である。 逆に言えば、3年以上ひとつところに居つづければそれは不正の温床になる・・・ こういうことだ。 特定郵便局長は、最長45年間、同じ椅子と同じ権限を持ちつづけることになる。 国のほうが「不正をしてください」と言っているのと同じことだ。

   既得権益にしがみつくのは、この閉塞的な現状にあって、「悪」と看做していい。

   だまされやすい一般大衆も、この既得権益には敏感にならざるを得ない。 国家というシステムから、実際の富を奪い取られる被害者なのだから。 そして、特定郵便局に対して、NO がつきつけられた。

   民主党の敗北も、この既得権益の問題が見透かされた上での NO だったのではなかろうか? 民主党の基盤は、特に労働団体の利権が、「腐臭を放っている」と言ってもいい。 労働者の味方です・・・そんな顔をして、団体幹部は視察や交流と称する経費の流用で酒色に耽ったりはしなかったか、否か。 国民の目はしっかり見据えている。

   既得権益から、金の流れを奪還すること・・・ これが構造改革にもなり、経済改革にもなる。 「痛みわけ」と言っても、すでに“痛がっている”一般大衆に更なる痛みを分与する必要はまったくない。 それと同じ意味合いで、「首相公選制」も意味がない。 システムをひとつ増やすだけである。 

  「このくらいの改革もできないで・・・」というのは、そっくりそのまま首相に返上する。 国家機能を果たすシステムは、すでにそこに存在しているのだ。 首相とは別枠のシステムを要請するのは、国民を愚弄していると言っていい。 首相はもっと、既得権益の放つ腐臭に敏感になるべきだ。 そして、行政府の長として、果断に行動すべきだ。 任期がいくばくも無い、→ だからこそ、巨大機構のすみずみまで、その特権・特命でもって、使命を果たすべきである。

   構造改革は終わっていない。 そして、この機を逃せば、金の流れの還流は起きない。 首相公選制などと、寝ぼけたことを言っている場合では無い。

 

↓ 2005.09.09up

 助成金行政は、受給資格者を尊重せよ

  (窓口嘱託職員の生理学)

   いろいろな助成金がある。 ここは、旧労働省系と云っておこう・・・ 

  各省管轄下の特殊行政法人や財団法人が審査および支給の直接窓口になっている。---それ自体も、雇用浮揚を目指しているそれら団体は、「嘱託職員」という人員を雇って、重要な業務を行なわせている。

  この「嘱託職員」というのが曲者だ。

  たいていは、大企業の財務・総務系の退職者で、早期退職勧奨に乗った輩が多い。 窓際族の延長線で助成金の申請受理・チェック・事前審査にあたる。 大企業の、しかも窓際ときているから、中小零細企業の経営実態には暗い・・・ というより、机上の空論を無理やり現実に嵌め込もうとしてくる。

  例えば、創業期助成金にもかかわらず、総勘定元帳を要求してきたりする。 創業期の、売上をなんとか伸ばそうという経営者の苦労もお構いなく、完璧なバランスシートの提出を求めてくるのだ・・・ 助成金を真に必要としている企業にとって、そんなものを作成する暇や人員や資金的余裕など、求むべくも無いというのに・・・

  本来の助成金の趣旨から逸脱した行為というべきである。

  この「嘱託職員」達の口ぐせは、 『規定どおりに』 という言葉・・・ 「規定どおりにやっていただければ何の問題もない」「規定どおりに審査いたします」 「規定どおりの書類を用意してください」  さて、規定どおりの書類というのは、この(かなり入れ替わりの激しい)「嘱託職員」の引継ぎを最低限に抑えるために、同じ書類の提出を5〜6回というのはザラである。

  大企業窓際出身とあって、卑しい役人根性は丸出しである。 すなわち、自分より上級の役人の顔色を伺いながら生息しているため、自分より下位にある申請者に対しては、鬱屈した感情処理のはけ口と考えているかのようだ。 その、のろまな処理スピードに関して、仮にクレームでもしようものなら、重箱の隅をつつくように「これは規定から外れていますね」 と来る。 1年間も煩瑣な書類提出と度重なる出頭に付き合わされた挙句に「御社に対する助成は難しいですね・・・」 と来る。

  ある会社の役員は、それで頭にきて、無理やり担当窓口嘱託職員の直属上司との面談に漕ぎ着けたそうだ。 その役員のほうが理が通っている 「支給が半年以上遅れた場合、事由説明書が送達されることになっている。なぜ来ないのか?」(=お前のほうが規定どおりにやれよ) 直属上司は話が早い。 「申し訳ございません。支給・不支給に関して、早急にご返事するように致します」 と上司が発言すれば、付和雷同---完全なYesマンに成り下がって、その役員にも愛想を振りまく嘱託職員・・・

  提案・・・ 助成金事業には、大企業退職者ではなく、中小企業経営者の経験を持つものを採用すべきである。